BroccoliのHP

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20歳から美容一筋でもがくも、
25歳〜28歳までオーストラリア、世界一周と海外でハサミを持って遊び呆け、
貯金も職も家もなく再び東京へ。
がむしゃらに3年過ごし、運良く30歳で恵比寿、代官山に 
接客はしない、お客様はいない美容室 Broccoli(ブロッコリー)  playhair  を立ち上げれた。32歳で(株)モテルを設立するも、愛犬からあげとちょんまげに溺れる。
一生髪を切り続けたい美容師としての藤川英樹、
ハサミを持たない藤川英樹をこれからどうプロデュースしていくのか。
はちゃめちゃな経営と教育をこのブログを通じてご覧あれ。

2011年2月15日火曜日

おばぁちゃんとオカンと、時々HDK

3連休の前日、オカンから一通のメールがあった。


『おばぁちゃん亡くなったで』


僕の両親は美容師で、昔から共働き。

小さいときに遊んでもらった記憶なし!

だから。。

めっちゃおばぁちゃんこやってん。


泣き虫で、

何やってもできなくて、

友達もできなくて、

小さい時、おばぁちゃんが全てやった。


保育園行く時も泣きながら行って

『おばぁちゃんちゃんと迎えにきてよな!』

っていやいや行ってた。



いつかおばぁちゃんより背が高くなって、

エラソーに口をきくようになり、

友達も出来て、

おばぁちゃんのご飯も食べなくなった。




そのまま東京に出てきて11年。

なんの孝行もできないまま


おばぁちゃんが死んだ。



信じられんくてそのまま仕事を続けた。

3連休1日目の金曜の予約はすでに断りきれないほど満タン。

土曜日、日曜日の予約をずらしてもらって金曜の終電で姫路に帰った。


おばぁちゃんはここ最近で一番元気そうな顔で眠ってた。

『おばぁちゃんただいま!』

って声をかけ、

起きて待っててくれたオカンと焼酎お湯割りを飲んだ。



不謹慎やな。

怒られやろな。

と思いながらオカンに聞いた。


『明日の終電で東京もどったらあかん?

 実は日曜日の朝一の予約、一件だけどうしてもずらせんかってん。

 婚礼のセットで、着付けもメイクも担当ヘアメイクさんにやってもらうんやけど、

 ヘアはボクに是非やってほしい!ってもらった予約で。。。

 でも、スタッフのみかちゃんなら出来る!と思って当日のヘアセット、その子の性格うんぬんを教えてきたんや。
 
 もうすぐスタイリストになるみかちゃんにもええ経験やと思って。。だから無理やったらええんやけど。』


って言ったらオカンが、


『実はおばぁちゃんが死んだとき、私婚礼の仕事してたんよ。

 セットして着付して、お色直しの時でな。

 実のおかぁさんの死に目にいてあげられへんかったんよ。』

って涙目でボクに言った。

そんで

『私らがしてる仕事はそういう仕事なんやで!

 あんた!一生に一回の晴れ舞台の髪お願いされてんのになんでどうしようか迷ってんの!

 みかちゃんにええ経験ってそれはあんた目線やろ!

 その花嫁の気持ちになってみ!

 あんたにやってもらいたくてお願してきたんやろ!

 明日、お葬式終わったら東京帰り!』


なんかめっちゃ嬉しかった。

ええオカン持ったなって実感した。

ええ仕事やなって実感した。



次の日、


一年前に買った礼服が入らなくてチャックのみでズボンを固定し、

礼服の全く似合ってない髪。













みんなに笑われながら

葬式を終え、









おばぁちゃんを見送り、

お骨拾いをして東京に戻った。





おばぁちゃんの顔を最後見たとき、

『お前はんはこんなとこおらんとはよ東京帰って皆をべっぴんにしたり〜』

って言った気がした。

おばぁちゃんありがとうな!

おかげさまで人生めっちゃ楽しんどるで!

これからもちゃんと見守っといてや!


次の日、

朝一来た花嫁。


スタッフのみか、まいと一緒にべっぴんさんにして晴れ舞台へと送りだしました。























めっちゃ喜んでくれたでオカン!おばぁちゃん!




ほんまええ仕事やなぁ!!!
















 

 
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