BroccoliのHP

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2009年2月19日木曜日

☆釜山☆


大邸DAEGU最終日。

この日もいつものようにテイヒョンが友人を紹介してくれた。

韓国の若いみんなは日本にかなり興味を持っていてくれてる。

いつも質問攻めだ。

英語を話せる人、離せない人は片手に辞書。

そして別れ際には、『これ日本に持って帰って!

ここでの思い出忘れないでね。』といろいろなものをくれる。

みんなに日本の名前をあげた。

こんな丁寧に会ってくれて僕はこの一週間かなり気持ちよかった。



最後に彼の好きな女の子を紹介してくれた。

ほんとに可愛い女の子だった。

公園に行き、顔周りだけ僕の好きなように切らせてもらった。

カットの後、あったかいお茶を買ってくれて『手を温めて』って。

ほんとに可愛い女の子だった。

二人がうまくいきますように。


出発の朝、テイヒョンが

『3月から学校が始まる。その時に今の髪型がいいからもっと短くしてほしい。ヒデのカットが大好きだ』

って言うから4日前に切ったばかりの髪を1センチずつ切った。

見送りには力とサムとテイヒョンが来てくれ、

高校卒業して、上京したとき以来、ホームまで見送ってくれた。

上京の時は泣いたなぁと思い出にふけりながら

さー次の目的地 プサン!!


韓国の新幹線KTXに乗り込み、

と見せかけてこっちに乗って久々の電車移動。


そしてプサンで待ってたのはデニス!!!

オーストラリアのブルーム以来の一年半ぶりの再会。

デニスは僕の姿を見るなり『ヒデ~~~』って走ってきて抱きついてきた。お互い27歳。

僕の彼女もこれくらい素直だったらいいのに。と思いながら地下鉄に乗りデニス家へ。

荷物を置いてとりあえずビール。

積もる話をし、

実は明日、大事な面接がある事を知り、

3日前に切ったばかりらしい髪を面接用にさわやかカットをした。

『僕がカットした人で就職活動に失敗した人はいない!』って言いながら。

まぁほんとの話。

次の日の朝、雨の中デニスは胸を張って面接にむかっていった。


ここでほんまは日記終わりやったんやけどもーちょっと。

デニスが出発してデニス家にはデニス母、弟、父、そんで僕。

3人は全く英語も日本語も話せない。

僕は、デニスの部屋でipodで音楽を聴きながら読書と、この日記を書いてた。

母が出発し、弟が出発し、タクシードライバーの父と二人きり。

デニスから僕の父は怖いんだ。と聞かされてた。

緊張の空気が僕の周りに漂う。

お昼を過ぎてもデニスは帰ってこない。

トイレに行きたくなって椅子から立ち上がったその時、

デニス父が『&%#!()&%$#、’&%$#””』と韓国語で話しかけてくる。

僕は『おはようございます。デニスがすぐ帰ってきます。』と日本語でいった。

父は『$&#’&#%”#”&#’#&”%”$』と大きい声で怒り口調で一方的に話してくる。

あぁ怒られてるんかな・・・・お父さん日本人嫌いなのかな・・・質問に答えれないからかな・・・

といろいろ考えながら『カムサハムニダ』と頭を下げてトイレに行った。

それから一時間がたった頃、

父が部屋に入ってきて手招きをする。

あぁ~~また怒られるかぁ・・

と思って立ち上がりついていったら

そこにはテーブルにお昼ご飯が並べられてた。

さっきも怒ってたんじゃなくって『お腹すいたやろ?ほんまデニスはおそいなぁ。なんか食べるか?』

って聞いてくれてたんだ。

ちょっと不器用だけどこんなお父さん大好き。

すごく嬉しくなったのでちょっと日記に足しときました。

2009年2月17日火曜日

韓国のお父さん


DAEGUから一時間ほど車を走らせ、

テイヒョンの別荘と見せかけておばあちゃん家に行ってきた。

日本の田舎にかなり雰囲気は似てる。


そこらじゅうの家の庭の端に大きな壷がいくつか置いてあって、味噌やキムチをつけてる。

家の縁側にはたくさんの乾燥味噌がぶら下がってる。

おばあちゃんおじいちゃんが田んぼを耕してる。

静かでいい雰囲気やなぁ。

なんか久々にこういう空気のきれいなとこに来た気がする。

テイヒョンの友達を一斉カットした。

後ろに写ってるのはなんとも言えないけど韓国で流行の前髪パッツンスタイル。

久々に野外でカットしたらかなり気持ちよかった。

が、寒い。

気温マイナス3度・・・

水スプレーにお湯を入れて髪をぬらし、日本風のスタイルに切る。



寒すぎて手は切っても気付かない。

最近気付いたんだけど、僕、冷え性です。

生姜食べる。


夜、みんなで韓国焼肉をした。

韓国のみんなはとってもマナーを徹底している。

お客さんの僕に絶対一番に食べさせる。

お客さんは動かさない。

ドアは開ける。

彼女になった気分。

そんで何人かは辞書を横において会話してくれる。

僕も海外から遊びに来てくれたらこれくらいせなあかんな。


次の日はお寺に行き、

その次の日には八公山って山を登りをした。

山の上には大きな石の仏様がいて韓国各地からきた人がお祈りしてた。

僕も家族の健康を念じた。

日本帰ったら四国の金毘羅山に世界一周が無事終わったお礼参りにいかなきゃ。

久々に運動したら体がすっきり。

体がなまってる。

この一年で体の中身は強くなった気がするけど、外身は確実になまったな。

日本に帰った旅友が毎日走ってるらしい。

僕もそうしよう。

一緒に登ったインチョンが海兵隊のアーミーパンツをくれた。


韓国の人達は、見た目弱そうで、勉強ばっかりしてるガリ勉タイプの人でも、

脱ぐとまじマッチョ。

さすが・・・


登山の日の夜、テイヒョン家に帰り、テイヒョン父と飲んだ。

父が英語しゃべってる。自分の家族では考えられんな。

韓国では、子供が親に対して敬語を使う。

『父、母が自分にとっては一番偉い人なんだ。』 って言ってた。

韓国の人のお父さんと飲むのは、彼女の家に娘さん下さいって飲むのと似てるくらい緊張した。

彼女の家にはまだ行ってないけど。


父は新聞を見ながら北朝鮮の話、演歌のTV番組を見ながら若い頃の話をしてくれた。

ソウジュが2本空いた頃、父はソファで寝てしまった。


さーそろそろプサンに向かうか。

2009年2月16日月曜日

『最後だとわかっていたなら』 

あんまりこういうブログは書かないんだけど、

いや、初めてなんだけど、

友人がこんな文を紹介してて、あまりにもよかったので載せてみます。



「最後だとわかっていたなら」

作・ノーマ コーネット マレック / 訳・佐川 睦

あなたが眠りにつくのを見るのが

最後だとわかっていたら

わたしは もっとちゃんとカバーをかけて

神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう



あなたがドアを出て行くのを見るのが

最後だとわかっていたら

わたしは あなたを抱きしめて キスをして

そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう



あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが

最後だとわかっていたら

わたしは その一部始終をビデオにとって

毎日繰り返し見ただろう



あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど

最後だとわかっていたなら

一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と

わたしは 伝えただろう



たしかにいつも明日はやってくる

でももしそれがわたしの勘違いで

今日で全てが終わるのだとしたら、

わたしは 今日

どんなにあなたを愛しているか 伝えたい



そして私達は 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも

約束されていないのだということを



愛する人を抱きしめるのは

今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら

今日でもいいはず



もし明日がこないとしたら

あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと

忙しさを理由に

その人の最後の願いとなってしまったことを

どうしてしてあげられなかったのかと



だから 今日 あなたの大切な人たちを

しっかりと抱きしめよう

そして その人を愛していること

いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう



「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう

そうすれば もし明日が来ないとしても

あなたは今日を後悔しないだろうから



『最後だとわかっていたなら』(サンクチュアリ出版)より

2009年2月14日土曜日

ソウル→大邸DAEGU

日本で会ったことのあるギヨンと再会。

めちゃかわいいモデルさんの彼女を連れて彼は現れた。


一緒にご飯を食べて、またまたお得意のカラオケカット。

カラオケの中で切ってると、昔、ヘアーショーをやってた時のことを思い出す。

あの時の”勢い”ははたしてまだ持ってるんだろうか・・・

そんなことを考えながら真っ暗の中で髪を切った。

曲と曲のあいだにある少しの明るい時にチェック。

そんでまたヘアーショー。

美男美女のカットはあっという間に終わった。


二人と別れ、寝床を探す。

思うがままに歩き、ちょっとキレイなスパに入ってみた。

キレイなのは残念ながら看板だけで、中はクソ狭い日本の銭湯みたいだった。

しかも何故か男性専用。

風呂に入った後、看護婦さんが着てるような白衣を渡せれて着る。

そんな白衣なんてあってないようなもの。

みんなノーパンで大また広げて寝てる。男だけのスパはひどい・・・

しかもイビキの合唱。

一つのイビキだとかなり気になるけど、こんだけみんながかいてると歌に聞こえてくる。

その中に一人、合唱をくずすイビキが。

『う~~ん う、う~~~~ん』ってお前絶対起きてるやろ・・・

ちょっとスパ生活にうんざりし、

次の日、バックパックをとりにいき、バスに乗って3時間、韓国で3番目に大きい都市DAEGU(大邸)って街へ。

バス停にはエジプトで一緒だった友人が迎えに来てくれた。

そしてガダ○カナル・○カさん宅へ。

いや、似てるけど若すぎる。彼の名はテイヒョン。

部屋デカっ キレっ ご飯多っ

こんなステキな家族に囲まれて生活させてもらってます。









初日の夜、テイヒョンと彼の友達ジュンと街をぶらぶら徘徊した。

ソウルを歩いててもあんまりお洒落な街じゃないなぁって思ったけど、

この街はお洒落な人が多い気がする。

可愛い子も多い。

ゲームセンターに入ってみたらこんな不思議なものがあった。

二人用カラオケ。

ストレスが溜まったら一人で来て熱唱してみよう。


テイヒョンは毎日、毎晩、いろんな友達を紹介してくれ、うれしいことに大忙し。

韓国人のウェルカム精神はすごい。

なんでこんなにやさしいんだ??って思うほど。

お礼にみんなの髪を切れたらいいな。

りあえず、テイヒョンと信の髪を切らせてもらった。

DAEGUの男性の髪は韓国独特の直毛の人が少ないのかな。

と思ったが、この二人だけだった。







二日連続で飲みに行ったジュン。

マッコリ+サイダー=マクサ

ソウジュ+マッジュ(ビール)=ソウマッ

こんな韓国人大好きの飲み方を教えてもらった。

そんで初めてできた外国人の友達だ。って

韓国の男性にはかなり大切なものに違いない アーミーのベレー帽、Tシャツをくれた。

ベレー帽の部隊はかなり特別な部隊らしい。

2年間ともに汗水流してきたこんな大切なものもらっていいのかわからなかったけど、

彼の気持ちをこころよくいただく事にした。

韓国と日本はほんと近いのにぜんぜん違う。前の日記でも書いたっけな。

日が経つに連れてその差が大きくなっているような気がした。

2009年2月11日水曜日

SPA難民

彼女が帰って一日。

たった一日。

宿をチェックアウトして、でかいバックパックを宿にあずかってもらい、

小さいバックにハサミとパソコンとipodとカメラと本だけつっこんだ。

俺に必要なものって電化製品ばっかやな・・・

宿のおっちゃんに『そのうち帰ってきます。』と飛び出した。

家出みたいやな。

一人旅意外に気持ちええやん!!


いつもなら電車に乗るところも歩いてみる。

服があまりにも汚かったので韓国風に、

ダウンベスト、眼鏡、4センチの厚底中敷を買い、一見韓国人に変身中。

身長170センチ。


明洞でパパラッチ~~!!

あれは!せいやだ!!(ほんとはたまたまじゃないです。本人了解済み)

エジプトと南米であったせいやに会い、ヘルメットのように伸びた髪を切ろうって事になった。

どこで切る?

今までのように道路とかってわけにはいかないし・・・

そんでここ。カラオケボックス。

余った時間でXを熱傷!じゃない熱唱し、気持ちよくなった。

カフェに入ったら外になぜか東京無線のタクシーがいた。




電車の中では熱唱してるおっちゃんが。

まわりのおばちゃんは手拍子。



一回り小さいタイ焼きだと思ったらフナ焼きだった。

臭そうと思って食べたらおいしかった。

韓国はまだまだ自由だ。
せいやに一人で大丈夫?といらない心配をしてもらいながら別れ、







夜は南米で一緒だったじゅんさんに会い、お酒の飲めないじゅんさんなのに一人の夜を付き合ってくれた。

ビリヤードをしてじゅんさんと別れた。





一人になって近くのスパに入った。

ネット難民じゃなくってスパ難民とでも言うのかな。

5階建てのスーパーミラクル銭湯。

レストラン、サウナ、ネットは当たり前。

なんとジムまでただで使える~~!


一人で何やってんだ?って思って、

近いうちバスに乗ってDAEGUって友達が住んでるとこに行く事にした。

2009年2月10日火曜日

チムジルバン

韓国での買い物は3日で飽きてしまった。

韓国の楽しさはこんなもんじゃないはず!!

韓国にいる友達に連絡してみた。


オーストラリアでお世話になったケリーとビッグドッグ。

ソウルの代官山みたいなとこに連れて行ってくれた。

ガイドブックにこういうところを載せればいいのに。と思いながらも、

載ってしまうとここの良さがなくなってしまうか。。。と今の代官山を想像してた。


エジプトで会ったテイヒョンに連絡してみたら、『ソウルには友達がいるから会ってみて』

と言われ、言われるがままに3人の韓国人と待ち合わせをした。

これが、僕ら日本人からはビックリな話で、

みんな初対面らしい。

みんなはインターネットの韓国版MIXIみたいなやつのトラベルクラブで出会い、

『こういう人が韓国に来ます。会いたい人~~??』

ってこんなのりで集まった人達。

日本でもあるかもしれないけどこれが日常茶飯事にある韓国はやっぱネット大国だ。

そういえばペルーに50代くらいのおっちゃんおばちゃんが10人くらいで旅してたな。

あれもインターネットで知り合ったって言ってた。


この3人とは日本と韓国の髪型について話した。

まず、韓国に来た日本人が多分不思議に思うであろう ”ダボ”

韓国人は髪をしばったらみんな後頭部のあたりを ダボ ってさせる。

若い人も、お姉さんもほぼみんな。

3人+αが言うには、『この流行は日本から来たんじゃないかな?』

多分日本のお団子ヘアが海を渡りこうなったのかな。

『自然に見せたい為。』

しっかり縛って一日たつといやでもこうなる。それを作りたいのかなぁ

『一番らくだから』

あぁ。。。なりほど。

とはいえイマイチ納得できる答えは得られなかった。

韓国では2~3年前、日本の髪型がどっとはやったらしい。

その時に入ってきたのかな。


あとおもしろいのがコレ。

日本のジャニーズから来たらしく、名前は”りんごもり”

これが隠れてはやってるらしいですよ。

お酒の飲み方、親、友達との付き合い方とかの話もいろいろ聞いた。

韓国と日本はめっちゃ近くて買い物してるうちは限りなく日本に近いと思ってたけど、

いろんな話聞いてると、実は全く違った文化だった。

言葉も含め、韓国は近いけど遠い国やな。


その夜、ケリーに地元の人しか行かない韓国風SPAに連れて行ってもらった。

韓国にはそこらじゅうにこのチムジルバンってのがある。

システムは大江戸温泉と変わらないが、

こんな洞穴があってそこにモグラみたいにはいって寝る。

そんで大人も子供もこの韓国風ターバンをタオルで作ってかぶってる。

今は少なくなっちゃったらしいけど、ちょっと前はほんとみんなこれやってたみたいですよ。

夜になったらマットをとってきて好きなとこで寝る。

なんてステキな場所!!

入場料が5~600円、ビール200円、マッサージ1時間2000円。

安い!そんでうまれてはじめての体験!

アカスリ!!!

東京に上京してすぐの頃、同じ寮にいたモンってへんなやつがアカスリを持ってて

全身をこすってみた以来。

一年のアカがでるでる!

アカスリのおっちゃんもウォ~~~って喜んでた。

日本人はみんな汚いと思われたかなぁ。

体の隅々までこすられ、体が白く軽くなった。アカスリ癖になりそう。

宿よりよっぽど居心地がいいし安い。

ってことで、今日宿をチェックアウトし、でっかい荷物は預かってもらい、

ハサミと着替えだけもって昼はぶらぶら、夜はチムジルバンをてんてんとしてみよう。


昨日は一年ぶりに妹とゆかいな仲間達に会った。

何も変わってなかったけど髪だけは伸びてた。

にいちゃんそろそろ日本帰ってきいよ~。って言われた。



髪ももちろん切ってます。

宿のおっちゃんの身内を一人切ったら韓国流に家族全員に伝染。

韓国ほど信用から生まれる口コミが重要な国はないと思う。

そして彼女のこの旅最後のカットを見届ける。


そう、今日の朝、彼女は一足先に日本へ帰国。

彼女を見送り、一人で宿に帰るとぽっかり穴が開いた感じで寂しさがあふれ出てきた。

言い過ぎか。

パソコンの電子音がやたら大きく聞こえる感じ。

別れたわけじゃないのにね。日本帰ったらすぐ会えるのにね。笑

彼女は多分バスに乗ったとたんに日本の生活を思い浮かべてニヤニヤしてるやろうな。


とにかく今日から一人旅。

2009年2月5日木曜日

韓国到着☆


Book offで本を買い込み空港へ。

次の日のフライトの為、空港で寝ることにした。

成田空港は騒音の関係で夜のフライトはない。

だから11時になると閉まる。


11時になって、警備員が来て、今日はお泊りですか?って聞いてきて、

ハイそうです。って言ったら、お泊り組が集まってるとこに誘導される。

そんでそこに警察が来て、パスポートとチケット見せて、職務質問されて。



最後には『あぁ、日本人だったんですか。』

ってオイ!!失礼すぎるやろ。

確かに黒すぎるけど。

日本語リュウチョウに話してるやん。


とにかく日本では空港では寝ない方がいいみたいです。 

空港で寝るとか、野宿するとか、昔はかっこいいとか思ってたけど、

この年になってやると、浮浪者になった気分やな。


海外だと気にならなかったことも日本でやると気にしてしまう自分。

ちっちぇーなぁ。


飛行機に乗ってしまうとアッというまに韓国に到着。

空港をでても、海外に来たって感じは全くしなかった。

彼女の友達と合流。

宿は友達が予約してくれてた『Yim's House』。


さっそく、韓国焼肉、本物のさむげたんを食べに行ってきた。

美味い!

ジンロもマッコリも美味い!



街は平日だというのに人が溢れてる。

昼も夜も。

ご飯やさんも屋台も。

ここは不景気っていうのを全く感じさせない。

活気がある。

まだ来て二日だけど好きな国の一つになりそう。

まぁ僕ら二人の服装はやたら街から浮いてる気がしたけど・・・


街には半分日本人なんじゃないか?って思うくらい日本人がいる。

韓国語覚える気できたのに、接客も日本語ばっかり。

覚える必要がなさそうやな・・・



友達が帰る前日、髪を切らせてもらった。

ホテルの部屋で。

韓国第一号!

韓国では外で切るのは寒くて無理だろうからこれからはこうやって中で切る事が増えそう。

街を歩いてて思ったのが、美容院が意外に少ない。

特に路面店でガラス張り!みたいな美容院はなかった。

韓国人の髪は黒髪、ストレートの人が多い。

パーマはちょくちょくいるが、カラーはほとんどしていない。

美容院は日本ほどは需要がないのかもしれないな。

2009年2月2日月曜日

JAPA~~~~N

空港でチェックインする前に旅友の日記を見てたら、

ワンワールドのチケットで、途中のチケットを捨てたら、

その後の日程が自動キャンセルされてた。。。って書いてあった。

ゲッ・・僕ら4枚捨ててる。

サンパウロから飛べなかったらどうしよう。

中米上ってLAから帰るか。とか少し期待のようなものをもって空港へ行ったが、

なんなくチェックインしてしまった。



それにしてもJALはいい。

機内食おいしいし、映画も音楽もゲームもできる。

スッチーはおばちゃんだったけど、

おかげでしゃべりやすく、梅酒いっぱい飲めた。

ニューヨークで乗り換え。

相変わらずうざいアメリカ入国審査。

『お前の国には入らへんから!』っておもわず言ってしまう。


さーこの飛行機乗ったら日本だ。

そう思ったら足の裏から全身にうじ虫がわいたようにうずうずしてきた。


Ipodで写真を見ながら思い出に浸って泣いてみようと思ったが、

韓国行くと思うと全く涙が出ない。

だから踊る大捜査線に泣かしてもらった。


成田に上陸し、問題の入国。

黒い、汚い、小さい自分の姿を見ると、かばん全部開けられて

おまけに別室に連れて行かれるに違いない。

小さいのは余分やろ。

監査員『おかえりなさい。お客様どこへ行かれたんですか?』

僕『いろいろです。』

監査員『荷物チェックさせていただきます。』
 きた~。
僕『はいどーぞ。お仕事大変ですね。』

カバンをあさられる。

監査員『な、なんですか?このハサミは?』

僕『あ~~世界中の友達の髪切ってきました!』


ってかっこよく一周世界をしめくくる会話を頭でシュミレーション。


いざ!、

監視員『たくさん行かれてますね。』

僕『はい。』

関税の紙を見ながら汚いカバンを見る。お~きたか?

監視員『お土産は買われてないんですか?』

僕『はい。』

監視員『どーぞ。お気をつけて。』

えっ??いいの?今まですんなり通れた事ないのに。

なんだか物足りない気がしたが、自分は爽やかなのかもしれない。

とニヤニヤしてたら、彼女が、

『あんたをスルーしてたら、誰をチェックするんだろうね。』

っておい!お前が言うな。


寒っ。

久々の日本の日差しはや柔らかい気がするな。

2日後の韓国行きのフライトまでどうしようと迷ったが、

都心にはまだ帰りたくないので、成田にあるバックパッカー宿『AZURE』ってとこに行った。

一泊一人3000円。安宿じゃない・・・

高っけーーー!この1年で一番高いよ・・・やっぱ日本の物価は恐ろしいな。

そら外国人パッカーが少ないわけだ。

日本に帰ってきて一番食べたいもの。

それはもちろんラーメン!!!

宿のオーナーにおいしいラーメン屋を聞き、

成田で行列のできるラーメン屋らしい『青山』ってとこに行った。

美味い!豚骨醤油のラーメンだけは絶対日本!!!

コンビニに感動し、熱すぎるホットシャワーに感動し。

宿のスタッフの子をカットした。

最近、彼女の方が人気あるな。。。

負けてらんねー。


明日は何を食べようか。あと1日の日本満喫するぞ~~!

それにしても時差ボケなんてって思ってたけど、結構しんどいもんですね。