BroccoliのHP

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20歳から美容一筋でもがくも、
25歳〜28歳までオーストラリア、世界一周と海外でハサミを持って遊び呆け、
貯金も職も家もなく再び東京へ。
がむしゃらに3年過ごし、運良く30歳で恵比寿、代官山に 
接客はしない、お客様はいない美容室 Broccoli(ブロッコリー)  playhair  を立ち上げれた。32歳で(株)モテルを設立するも、愛犬からあげとちょんまげに溺れる。
一生髪を切り続けたい美容師としての藤川英樹、
ハサミを持たない藤川英樹をこれからどうプロデュースしていくのか。
はちゃめちゃな経営と教育をこのブログを通じてご覧あれ。

2009年2月19日木曜日

☆釜山☆


大邸DAEGU最終日。

この日もいつものようにテイヒョンが友人を紹介してくれた。

韓国の若いみんなは日本にかなり興味を持っていてくれてる。

いつも質問攻めだ。

英語を話せる人、離せない人は片手に辞書。

そして別れ際には、『これ日本に持って帰って!

ここでの思い出忘れないでね。』といろいろなものをくれる。

みんなに日本の名前をあげた。

こんな丁寧に会ってくれて僕はこの一週間かなり気持ちよかった。



最後に彼の好きな女の子を紹介してくれた。

ほんとに可愛い女の子だった。

公園に行き、顔周りだけ僕の好きなように切らせてもらった。

カットの後、あったかいお茶を買ってくれて『手を温めて』って。

ほんとに可愛い女の子だった。

二人がうまくいきますように。


出発の朝、テイヒョンが

『3月から学校が始まる。その時に今の髪型がいいからもっと短くしてほしい。ヒデのカットが大好きだ』

って言うから4日前に切ったばかりの髪を1センチずつ切った。

見送りには力とサムとテイヒョンが来てくれ、

高校卒業して、上京したとき以来、ホームまで見送ってくれた。

上京の時は泣いたなぁと思い出にふけりながら

さー次の目的地 プサン!!


韓国の新幹線KTXに乗り込み、

と見せかけてこっちに乗って久々の電車移動。


そしてプサンで待ってたのはデニス!!!

オーストラリアのブルーム以来の一年半ぶりの再会。

デニスは僕の姿を見るなり『ヒデ~~~』って走ってきて抱きついてきた。お互い27歳。

僕の彼女もこれくらい素直だったらいいのに。と思いながら地下鉄に乗りデニス家へ。

荷物を置いてとりあえずビール。

積もる話をし、

実は明日、大事な面接がある事を知り、

3日前に切ったばかりらしい髪を面接用にさわやかカットをした。

『僕がカットした人で就職活動に失敗した人はいない!』って言いながら。

まぁほんとの話。

次の日の朝、雨の中デニスは胸を張って面接にむかっていった。


ここでほんまは日記終わりやったんやけどもーちょっと。

デニスが出発してデニス家にはデニス母、弟、父、そんで僕。

3人は全く英語も日本語も話せない。

僕は、デニスの部屋でipodで音楽を聴きながら読書と、この日記を書いてた。

母が出発し、弟が出発し、タクシードライバーの父と二人きり。

デニスから僕の父は怖いんだ。と聞かされてた。

緊張の空気が僕の周りに漂う。

お昼を過ぎてもデニスは帰ってこない。

トイレに行きたくなって椅子から立ち上がったその時、

デニス父が『&%#!()&%$#、’&%$#””』と韓国語で話しかけてくる。

僕は『おはようございます。デニスがすぐ帰ってきます。』と日本語でいった。

父は『$&#’&#%”#”&#’#&”%”$』と大きい声で怒り口調で一方的に話してくる。

あぁ怒られてるんかな・・・・お父さん日本人嫌いなのかな・・・質問に答えれないからかな・・・

といろいろ考えながら『カムサハムニダ』と頭を下げてトイレに行った。

それから一時間がたった頃、

父が部屋に入ってきて手招きをする。

あぁ~~また怒られるかぁ・・

と思って立ち上がりついていったら

そこにはテーブルにお昼ご飯が並べられてた。

さっきも怒ってたんじゃなくって『お腹すいたやろ?ほんまデニスはおそいなぁ。なんか食べるか?』

って聞いてくれてたんだ。

ちょっと不器用だけどこんなお父さん大好き。

すごく嬉しくなったのでちょっと日記に足しときました。
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