BroccoliのHP

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20歳から美容一筋でもがくも、
25歳〜28歳までオーストラリア、世界一周と海外でハサミを持って遊び呆け、
貯金も職も家もなく再び東京へ。
がむしゃらに3年過ごし、運良く30歳で恵比寿、代官山に 
接客はしない、お客様はいない美容室 Broccoli(ブロッコリー)  playhair  を立ち上げれた。32歳で(株)モテルを設立するも、愛犬からあげとちょんまげに溺れる。
一生髪を切り続けたい美容師としての藤川英樹、
ハサミを持たない藤川英樹をこれからどうプロデュースしていくのか。
はちゃめちゃな経営と教育をこのブログを通じてご覧あれ。

2008年5月27日火曜日

☆マザーテレサ☆


コルカタ2日目。

マザーハウスのボランティアに行ってきた。

写真が中では撮れないので今回は文のみで。

朝、6時にマザーハウスに行き、ミサ(お祈り)を見学。

そこで出される簡単な朝ごはんを食べ、

それぞれのボランティアの場所へ。

僕と彼女は美容師だってことを伝え、

障害者の家、孤児の家、死を待つ人の家、薄弱者の家などがあるうち、

孤児の家の知的障害の子たちの家に行くことになった。

その日、そこは誕生日パーティー。

みんなめちゃめちゃ楽しそうに騒いでた。

純粋やなぁ☆

朝ごはんでその子達にヨーグルトを食べさせてあげた。

あまり日本でこういう子達と接する機会がなかったので全く扱い方がわからん・・・

2人でてんてこまいでした。

ひと段落したらシスターから呼ばれ、

階段の踊り場でカットさせてもらえることになった。

急に動いたりする子が多いのでカットもかなり難しい。

一人の子をカットするのに、僕ら二人ともう一人で3人がかり。

頭と体をおさえ、あやしてもらってるうちにカット。

あまりにも動く子はバリカン!ハサミは怖くて使えなかった・・・

一人切るのに汗だくでした。

結局7人の子達を切らせてもらった。

その中の一人に、僕らが来たときからパーティー中もずっと机に顔を伏せたままで

寝てないけど動きたくない。みたいな子がいた。

カットしてあげた後、その子は顔を上げ、僕らに声は出てないけど

『サンキュー』って言ってくれ、握手を求めてくれた。

その後、

椅子から立ち上がり、家の中を前を向いて歩きだした・・・

その瞬間、胸がスカーーーーット晴れた気がして、

涙も出そうになった。

ほんといいことさせてもらえたな~~って。

マザーテレサの偉大さを実感。

何回も言ってるけど改めて自分達の技術に感謝しました。
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